皇蓉高校物語 襲撃編




「洋介」
「んあ?」


机に突っ伏している洋介を喬が起こす。
2人とも街を歩けばかなりの人が振り向くのではないかと思われるほどのかっこいい顔をしていた。
だが目下2人の気をひくのは……


「坂下がいないぜ」
「は!?どういう事だよ?」
「さぁな。けど早く探し出した方がいいに越したことはないだろ」


目下2人の気をひくのは、去年大学を卒業したばかりの隣りのクラスを受け持っている坂下だった。
先日、不本意ながら坂下の意外な一面を見てしまった喬と洋介は、それはそれは可愛い坂下の『男』にボディガードとして認定されたのだ。
大して身長も変わらない坂下に身の危険などあるものかとも思ったものの、坂下の『男』、 常磐の腕の中で顔を真っ赤にさせて必死に声を押さえる姿が忘れられないのも事実で、こうして坂下を常に見張っているのだ。
恐らく、至る所に居る自分のファンクラブの連中から情報を仕入れているのであろう喬が、携帯を閉じて席を立った。その後に洋介もがたんと音を立てて席を立つ。


「坂下の事だからきっと数学準備室にでもいるだろ」
「あーそうかも…」


以前、暴漢(…)に襲われそうになっていた時も、何故か準備室のテーブルの上には紅茶セットが準備されていた。
常磐の言葉を信じたくないのもわかるが、坂下を任された洋介と喬としては、常磐の報復が怖いのでせめて危機感を持っていて欲しいものだ。
ふぅ、と同時に2人から漏れる溜め息に苦笑して数学準備室を目指した。






所変わって数学準備室―――。
こぽこぽ湯を沸かしているやかんからティーパックをセットしティーポットにお湯を注ぐ。 それから生徒の待つテーブルへと運びお菓子を側に置いて向かいのソファーへと腰を落ち着けた。


「どうぞ。熱いから気をつけろよ。あっ、砂糖はここにあるから」


にっこり微笑んで自身はストレートで紅茶を飲む。
微笑まれたスポーツ系の生徒が頬を染めて、頭を下げた。


「…それで話って?」


なかなか話し出さない生徒を見て、こちらから話を切り出す。
びくっとした生徒がまだ熱い紅茶を制服に零した。


「あちぃっ!!」
「うわっ、だ、大丈夫か?待ってろ、今タオル……」


その言葉通りタオルを持って来た坂下が、生徒の前にしゃがんで零れた辺りを必死に拭く。
しかしなんというかな、零れたのは下腹付近。しかも男らしく足を少し開いていたせいか、生徒にとってはラッキーな事に足の間に坂下が入り込む形となった。


「――〜〜〜ッ」


まるで行為中の奉仕を彷彿させる位置に坂下がいるので、やましい考えがある生徒は足の間の坂下の肩を掴み顎を上向けさせた。


「い、っ!ちょっ、宇根!?」


眼鏡越しの目に、無理矢理上向けさせられた顎の痛みのせいで涙が浮かんでいる。 それすらも生徒の興奮材料となって、押さえられなくなった若い雄が坂下を床に押し倒した。
ぱさっと少し色を抜いた濃い茶色の髪が広がる。痛みに呻く坂下の腕を1つにして体の横で押さえ付けた。


「せ、先生っ、俺……」


興奮を抑える事を知らない声の抑揚に、漸く自らの身になにが起ころうとしているのかを悟り、つーと冷や汗が流れる。


「う、宇根!やめろっ」
「好きなんだ、先生……」


近付いて来る顔を手で必死に押し返そうとするが、生憎、両手は隣りの床に縫い止められている。代わりに顔だけを思いっきり逸らしてぎゅっと目を瞑る。
顔に宇根の吐息を感じた時―――。


「「はーちゃんっ!?」」


ドアを蹴破る勢いで喬と洋介が準備室に入って来た。
ほっとしたのも束の間、洋介が近付いて来て次の瞬間、上の重みが消えた。


「喬、こいつ放り出して」
「ラジャー」


いつの間に伸びたのか、気を失っている宇根が洋介から喬の手へと移り、それから外に放り出された。
次いで洋介が床に倒れている坂下を起こし、少し乱れた衣服を整えた。


「うん、流石俺たちだな。またもや服を脱がされてないぜ」


ただ単に坂下が手を出されていたら常磐にやられるから…という理由で毎回素早い捜索をしている2人だが、 そんな事を知らない坂下は純粋に度々救ってくれる2人に恥ずかしいながらも頭を下げた。


「その……なんだ、……ありがとな」


大人が高校生に救ってもらう図など恥ずかしい上に、男に押し倒されていたなどさらに顔も上げられないくらい恥ずかしい。その事も相俟って、俯いたまま顔を赤く染めた。
それがちょうど上から見る2人には、『かわいい少年が恥ずかしさに堪え切れず耳まで赤くして俯いている図』にしか見えなくて、2人で顔を赤くした。


「斉藤?荻野?」


沈黙の降りた準備室を不思議に思った坂下が顔を上げたのだろう、真っ赤な顔をさせた2人を見て喬と洋介の名を呼ぶ。
不安そうに下から覗き込む顔がなんとも言えず、努めて明るく洋介が口を開いた。


「や、なんでもないです、うん。な、喬?」
「ああ……。つーか坂下さ、もう少し危機感持てよ」


微妙に視線を逸らしてソファーに座る。それを見て坂下も座り直した。


「あーうん。気をつけるよ」
「それ前も聞いたんだけど」


どことなく刺のある洋介の言葉に坂下は苦笑した。


「だってなー、生徒に話があるって言われたら聞いてあげるのが教師ってもんだろ。相談に来る者すべてに危機感持てって言われても……」
「そんな御託を並べられると思ってさ、俺ら坂下が絶対にこれから危機感持つだろうアイテムを準備したんだよね」


な?と確認するように喬と顔を見合わす洋介に、一抹の不安を覚える坂下だ。
聞きたくないと思うものの、勝手に耳に言葉が入ってくる。


「俺らさー、連絡しちゃったんだよね」
「だ、誰に?」
「それは坂下が一番知ってるんじゃない?」


そう言う洋介の言葉が終らない前に再びドアが大きな音を上げて開き、「はーちゃんっ」と、今最も聞きたくない声を運んで来る。
それをどこか遠い世界の話のように聞いていた坂下だが腰に抱き付く感触に慌てて現実に戻って来る。


「なんでこんな所に!?」
「だからー、連絡したっていったでしょ、俺」
「なんで連絡したんだよっ」
「坂下も1回常磐のお仕置でも受ければもっと危機感持つかな、と思ってさ」


そうにっこり笑う洋介はとてもいいアイディアだと思っているようだが、これから身に降り懸かる災難を思って嘆く坂下にはむかつくほどの笑顔だった。
腰に巻き付いたままの常磐を置いて、じゃあね〜と去って行く2人を引きとどめる事も出来ずに、常磐と2人準備室に残された。
しん、と重い沈黙が流れる。いまだ常磐は腰に抱き付いたままだ。


「と、常磐、いい加減はな……」
「やだ」
「やだって」


子供のように頬を膨らませてしがみつく常磐をなんとか引き離した。
必死に逃がさないように坂下の腰を掴む常磐をどこか幼く感じた坂下は、無意識のうちにその頭を軽く撫でていた。
ぱしんっと肌を叩く音とともに、その手に熱を感じた。


「常磐?」


赤くなった手を押さえることもせずに、常磐の顔を呆然と見つめる。拒絶された、と落ち込むよりも、坂下の目に映る笑ったように怒る常磐に体が震える。
常磐がゆっくりと坂下に近付き、両手で頬を挟む。


「とき、わ?」
「葉月は、俺がどういう思いでいたかなんてわからないの?」


いつもの『はーちゃん』じゃなくて、『葉月』と呼ばれることが、さらに恐怖心を煽る。
汗ばんだ手とか、ひんやりと冷える背中とかが気持ち悪い。


「と……」
「俺はさ、葉月の事すげー好きなんだよ。誰かが葉月に触れただけで、嫉妬するくらい」


どさっと音がして、ソファーの上に押し倒された。坂下の影になるように覆い被さる常磐は、ぞくっとするような色香を放つ男の顔をしていた。
常磐、と紡ごうとした口を常磐のそれで塞がれる。ぬるりとぬめった舌が坂下の口内を蹂躙する。歯の間を縫って坂下の舌を絡め取った常磐が、それを甘噛みする。


「っ、……んぅ……ふ、ゃぁッ」


濡れた音とともに、ジーっとズボンのファスナーを下ろす音が響く。
びくっとした坂下が常磐の腕を掴み、睨み付ける。


「ん、はッ!……とき、わっ……めろ、」
「だーめ。喬と洋介も言ってただろ、お仕置だって」
「―――っ」


ぎゅって強くソレを握り締められる。キスで硬くなったソレは痛みを訴え、坂下は常磐の服を握り締めた。


「葉月のここ、もう濡れてるよ」


その言葉通り、常磐が手を上下するたびにぬちゃぬちゃといやらしい音を立てて、先走りを漏らす。
恥ずかしさに坂下は歯を食いしばって顔を背けた。
常磐から与えられる快感に慣れてしまった坂下の体は素直に反応を示す。桜色に染まった全身がぴくぴくと跳ね、限界が近いことを示した。


「とき、わ、ぁ……」


首に手を回して限界を訴えるが、坂下のソレの出口を常磐が押さえる。


「っ……、なん…、」
「お仕置だって言ったでしょ。そう簡単にイカせるわけないじゃん」


言葉だけならかわいいものの、その目は獲物を捕らえて離さない捕食者のソレだ。
首をのけ反らせて快感の波をやりすごそうとする坂下の首筋に常磐が食いつく。 歯形が残るんじゃないかというほど、強く噛みつかれ、坂下の瞳から涙が一筋流れ落ちる。
その涙を舌で舐め取った常磐が耳元で甘く囁く。


「イキたいなら、ちゃんと約束して」
「ぁん、……んッ…っなにを……?」
「二度と、信用の置けないヤツと2人っきりにならないことを」


ちゅるっと音がして耳に舌が差し込まれる。
一際甘い声で坂下が啼いて常磐にしがみついた。


「んぅっ!……ときわ、っ」
「言わないとこのままだよ?」
「ああっ……め、…んぁ、……言う、からぁ」


出口のない快感を味わいながら、後ろの秘孔に一気に2本の指を差し込まれる。訪れたのは痛みと快感の両方。
力の抜けそうになる腕にもう1度力を入れ、常磐を引き寄せた。


「しない、っ、……2人になんかなら、んぁっ!ならない…からぁッ」
「だから?」
「も、イ、れて…」


止まることなく坂下の体の中で動く常磐の指から与えられる快楽に絶え切れなくなり、体の奥が疼き出した坂下は達することではなく、挿入(い)れられることを望んだ。
その言葉ににやりと笑った常磐が了解と呟き、指を引き抜いて、猛った熱い自身をあてがった。


「は…やくッ!――ん、あぁ!」


いくら指2本とはいえ、男のソレを受け入れるにはまだキツい。眉を顰めながらそれでも常磐は腰を進めた。切れることなくすべてが入ったのは、日頃の賜物か。
きつく目を瞑る坂下の額に張り付いた前髪を梳くように掻き上げ、目尻に唇を落とす。


「葉月、その言葉、忘れるなよ」
「んくっ!……あ、ぁ……ん、っきわ!!」


耳慣れないソファーが軋む音をさせながら、常磐が律動を開始した―――。






からっと窓を開け、室内の換気を計るのは、男にしてはもったいないほど美人の常磐。 涼やかな目許を満足気に緩め、振り返って服を着直し、それでもなお荒い息を吐き出す坂下を見た。もちろん坂下の服は常磐が着させた。
ネクタイを締めてもしっかり見える噛み付いた痕を見てそれから坂下の前に腰を落ち着けた。


「葉月」


つっと顎に手を掛けて上向かせる。
泣いた後の残る顔にキスして、ぎゅっと抱き締める。


「約束したよね?絶対に2人っきりになったらダメだからね。わかった?」
「……うん」


常磐の肩に顔を埋め、ごめんと小さく呟くように頷いた。
それでも、と、常磐の顔を見た。


「でも常磐!お前もう学校に来るなよ」
「むー、なんで!?」
「部外者だろうが」
「葉月の恋人だもーん」


かわいく笑う常磐の頭をぱこっと叩くと、涙目で睨まれた。


「なにすんのさっ」
「なにすんのさ、じゃないだろ!俺とお前がどんな関係だろうと学校には来るなっ。わかったな!?」


ずきずきと痛む腰を押さえた坂下が立つ。それに合わせて常磐も立った。
身長が高い分、坂下が常磐を見下ろすかたちになる。
常磐の体を反対側に回し、ぐいっと背中を押す。


「ちょっと、はーちゃん!」
「わかったから!!怪しいやつと2人っきりにならないから。とりあえず帰れ!」
「はーちゃんっ」


焦った顔の常磐の目の前で無情にも坂下がドアを閉めた。
はぁ、と疲れたように坂下が溜息を吐く。
独特な匂いのする部屋で坂下は、常磐をどうしようかと頭を抱えるしかなかった。


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