氷と火の恋 02




夾から好き、という言葉を聞いていない事に気付いたのは、付き合って間もなかった。 どんなに好きだ、と囁いても、理性を飛ばす程ヤっていても、その言葉は1度たりとも聞き出せなかった。ただ俺が囁くごとに軽く目を伏せるだけだ。






「蘇芳くん、今日暇?」


少し色を抜いた髪を腰あたりまで伸ばし、ナチュラルにメイクしている篠宮可奈という女が、昼食を食べていた俺の元に駆け寄ってきて話しかけた。 当然の事ながら俺の横には夾がいる。先程まで楽しそうに俺と会話していたというのに、篠宮の姿を見てすぐに口を噤んだ。
会話に入り込んではいけない、と思っているのか、篠宮に限らず女が喋り掛けた時だけはこうしてだんまりを決め込む。 妬いているのかそれとも逆にぜんぜん気にしていないのか分からず、俺は静かに溜息を吐く。
我侭をなに1つ言わない、恋人のようでいてただの親友のようにも取れる俺と夾の関係に、内心舌打ちしたい気分だ。
テーブルについた腕に篠宮の胸が押し付けられる。
メイクもナチュラルに、香水はほんのりと漂う程度に。なにより小奇麗に整った顔は、以前の俺ならすぐにイタダくタイプだ。
篠宮から夾に視線を移した俺は、頭の中で淡々と仕上がっていく作戦ににやりと笑みを浮かべる。 あからさまに誘っているような篠宮の腰を夾の目の前で引き寄せて、その耳元で囁く。


「ああ、暇だよ。どうかしたのか?」
「――っ」


夾が息を呑む声が聞こえる。
当然だ。篠宮が来る前までは、今日の”デート”の話をしていたのだから。 映画を見に行くか、それともドライブにでも行くかなどと計画を立てておきながら、その数分後には女と”デート”の約束をしているのだ。


「本当?よかった。じゃあ2時に掲示板の所で待ってて。絶対よ!!」


嬉々として去っていく篠宮の後姿を見送った後は、何事もなかったかのように食事を平らげていく。
箸が止まっている夾に、「…というわけで、今日の予定はキャンセルだ」と伝える。 ここで夾が嫌だ、とかなんでだよ、とか俺を詰る言葉を言えば、篠宮とのデートの約束はなしにするはずだった。 けれど、ああと短く答えて、再び食事を口に運ぶ夾の顔がいつも通り無表情に戻っているのを見て、 ”浮気(ゲーム)”を決行する事を決めた。
夾に嫉妬させて俺への気持ちを確認する、なんて今時中学生でもやらないような手は、第一段階から既に失敗した。 反応はしたがそれが嫉妬なのか、それともしつこく付き纏う俺からやっと開放される事への期待なのかそれすらも確認できず、それからさらに歳月を重ねた。






「っ……ふ、んぅ…」
「ほら、もっと腰上げろよ」


夾との連絡は段々途切れがちになり、会っても話をする事もなくベッドへとなだれ込む。
女ものの香水を漂わせて夾の家に上がりこんでも、誰がつけたのかわからない背中の傷痕を見ても、夾はなに1つ言わなかった。 久しぶりにするデートで、知らない女と話しても、だ。
ますます夾の気持ちを疑い、さらに連絡が途絶える。お前の体だけが目当てだ、と取れる抱き方をする。そんな悪循環。
優しく抱いても、柔らかい女とは違い、痩せていてもやはり男の筋張った体をしている夾を比べてしまう。 頭の中ではやめろ、と夾を想う部分が叫んでいるのに、口を突いて出てくるのは夾を傷つけてしまう言葉ばかりだ。


「ん、はっ……あ…」
「はっ、男が腰振って善がる様は女がやるよか卑猥だな」


四つん這いにさせて、後ろから激しく突く。もう何度目になるのかわからない挿入に腕が疲れたのか、その手はただシーツを必死に掴むだけだ。
渇く間もなく新しい涙が頬を伝うその顔が綻び、俺に笑いかけてくれる事は滅多になくなり、暗く翳りを帯びた瞳がただ俺の姿を写すだけだ。


「あぁ―――っ!!」
「くっ……」


俺のモノが夾のイイ所を一際激しく突き、その快感に夾が達した。ぎゅっと後ろが締まり、低く呻いて俺も夾の中で達した。
ずるっと自身を引き抜き、近くに置いてあるティッシュで拭う。夾の後孔からは、夾が荒く息を吐くたびに俺が吐き出した白く汚れたものが流れ出している。
いつものように夾を抱いて風呂に入れようとその手を伸ばし、夾の体に触れようとした。 だが、びくりと怯えたように夾の体が震えたのを見て、思わず手を引っ込めてしまった。
もうこれ以上、俺に触れて欲しくないのか、そう思うと湧き上がる苛立ちを抑えきれず、脱ぎ散らかした服を着込んだ。


「めんどくさいヤツ」


それだけを言い残して、夾の部屋を飛び出した。






外の冷たい風に頬を撫でられ、段々と頭が冷えていく。
気持ちの分からない夾との恋愛”ごっこ”にはもう疲れていた。 すべてを無かった事にして以前のように、取っ変え引っ変え女としていた方がどれだけマシか、その方が気持ちも随分楽になる、と分かっていても、それでも夾は諦められない。
時折見せるホッとした表情や、はにかむような笑顔、上気した顔で潤んだ瞳が俺を見上げる様が忘れられない。
最後の、本当に最後の賭けにすべてを賭け、俺は夾から離れる事にした。


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