炎の檻 04




10分走ったタクシーから降りたのは、今時っていう感じの洒落た店の前だった。落ち着いたライト色が店内をちょっとだけ薄暗くしていて、癒しの空間のようだ。 2、3人掛けのテーブルが5つ並んだ後に、仕切りのつもりか背の高い観葉植物が顔を覗かせている。
森野に連れられて、窓際ではなく姿の見えにくい奥の席へと案内された。ウェイトレスがメニューを置いて注文を尋ねている。 俺はアイスティーとだけ答えたが、森野はさらにパフェまで注文した。


「俺、甘いもの好きなんだよ」
「へー」


そんな事聞いちゃいないけど。
かしこまりましたと可愛く頷いたウェイトレスが、フリルのついた制服を翻してカウンターの奥へと消えていく。
それを見送った俺たち2人は残されたおしぼりで、軽く手を拭った。3分としないうちに先程のウェイトレスがアイスティーを運んできた。
俺と森野の前にきちんと置いて真ん中に小瓶に入ったシロップが置かれる。
なにかありましたら、お声を掛けてくださいと残してウェイトレスが消えた。
ガラスのコップの表面に水滴の浮かんだアイスティーをストレートのまま少しだけ飲む。
ショッピングモールで泣いた分だけ、水分が体にじわりと滲む。こくりと喉を鳴らして、じっと俺を見つめる森野に問う。


「なに?そんなに見つめられると居心地悪いんですけど」
「はは、ごめんごめん。東雲があんまりいい男なもんで惚れちゃいそうだったよ」
「………どうも」


ハハハ、全然笑えないよ。


「信じてないだろ?」
「信じるも信じないも、森野は篠宮みたいなやつがタイプじゃなかったのか?」
「あー、篠宮さん?えっと、なんていうか……今日の姿みて萎えちゃったよ。俺は大人しく一途で清純な子がいいの。その点、東雲はばっちりストライクゾーンなんだけどな」


なんだか本気で寒気が走りそうだ。もしかしなくても危ないやつに手を借りちゃった、とか?
えへへと苦笑いでかわす俺を、急に真剣な眼差しで森野が見遣った。


「東雲ってさ、蘇芳とどんな関係なの?」


つい最近聞かれた質問と同じ内容。しかし今日は「ただの友達」の一言では終わらせられなかった。なにせ森野の目の前で涙を見せたからだ。


「……見た、通りの関係だよ」
「逃げてるの?」
「ちがっ、そういうわけじゃ……!」
「じゃあ言えよ。どういう関係なんだ?」


わかっているくせに、ティースプーンで氷をつつきながら森野が尋ねる。


「付、き合ってるよ…」
「それは友達として?」
「森野!!」


飽くまでも俺の口から聞きたいらしい森野の口振りに、思わずテーブルを叩き付ける。想像したよりも力が入っていたのか、コップが揺れ液体が零れた。


「…東雲はさ、なにを怖がってるわけ?」
「別に怖がってなんか…」
「男と付き合ってる事がそんなに恥ずかしい事か?」
「だって…」
「俺、前言ったよな、子を残す事がすべてじゃないって。世の中には子供がほしくても叶わない人とか生めないっていう人もいる。けれどそこに愛があればそれだけでいいんだ。 東雲の場合、それがたまたま蘇芳っていう男だっただけだろ。胸張って堂々としてろよ」


いつの間にか胸ポケットから煙草とライターを取り出した森野がかっこよく演説する。 じーんと感動して再び涙が溢れそうになる俺に、慌てて森野が備え付けのティッシュを手渡した。


「泣くなよ、バカ」
「泣いてない。今日は天気が悪いから勝手に涙が出るんだっ」
「どういう理屈だよ、それ」


笑いながら、灰皿に煙草を押し付ける。
先程のウェイトレスが再度やってきて、当店のおすすめメニューなんですって感じの豪華なパフェが運ばれた。
下にバニラとチョコのアイスクリームが敷かれ真ん中部分にバナナ、それからまたアイスと続き上にはポッキーやらメロンやらキウイやらクラッカーが所狭しと並べられている。
小さなスプーンでまずはアイスを掬って口に含むと、それを皮切りにいろんなものに手を伸ばし始めた。見ているだけでいろんな味が混ざって吐きそうだ。
そんな俺の冷たい視線をどう勘違いしたのか、チョコとバニラのアイスを掬った森野がスプーンを突き出した。


「ほら、食えよ」
「……激しく遠慮します」
「食いたくないのか?」
「見ているだけでお腹が…」


本気で顔を顰める俺に、森野が苦笑を洩らす。
そこへ響く小音のメロディー。お気に入りのメロディーが電話の相手を告げる。蘇芳だ。俺は振動を続ける携帯をズボンのポケットから取り出して通話ボタンを押した。 途端に聞こえるいつになく取り乱した様子の蘇芳の声。


『夾かっ?今どこにいる!?』
「えっと、どこだろここ」


自分の居場所も分からず、情けないがきょろきょろと目印になるようなものを探すが特になにもない。 タクシーに乗った時も泣いていたとわかる目を見せるのが嫌で俯いていたし、行き先さえ実は聞いていなかった。
途方に暮れる俺に、森野が「蘇芳か?」と聞いてくる。その言葉に緩く頷くと、ひょいと携帯を奪われてしまった。


「ちょっ、森野!?」
「あ、もしもし、蘇芳くん?森野だけど。篠宮さんとお楽しみじゃなかったの?」


びくんっと体が跳ねる。しかし携帯の向こうの蘇芳が怒鳴っているだけでよくは聞き取れない。
森野も耳から携帯を離して手で押さえている。


「蘇芳ってうるさいね。―――ああ、うんわかったよ、心配されるような事はなにもしてないって。はい、誓います」


――心配されるような事ってなんだよ。


「えっとね、ラビットっていう洒落た店。ちなみに君のいたショッピングモールから2駅しか離れてないから。え?上り線か下り線かだって?そんなの愛の力でどうにかしろよ。 あんまり遅すぎると夾ちゃん帰っちゃうかもよ?」


――今度はちゃんづけかよ……。しかも、俺が来るかもしれない蘇芳を置いて帰るわけないだろ、この野郎!


心の中で口汚く罵倒して容赦なく森野から携帯を奪う。だが耳元に携帯を押し付けても聞こえるのは蘇芳の声じゃなくて冷たい機械音だった。


「もーりーのー」
「すまんすまん。だけど30分以内には蘇芳に会えるんだからそれまでの間、俺に付き合ってよ。ほら!」


そう言って差し出されたのは、溶けたアイスでへにゃへにゃになったクラッカー。 食べる気にも怒る気にもなれなかった俺は、今まで蘇芳と繋がっていた携帯に視線を落としただけだった。






森野の言葉通り、蘇芳は時計の針が180度動くより先に喫茶店にやってきた。
かっこよく決めていた服が乱れ、走ってきたらしく髪も微妙に逆立って汗がそのこめかみに流れている。側に篠宮の姿はない。
息を整えようともせずに荒いまま、だんっと俺と森野のいるテーブルを叩いた。


「お前、一体どういうつもりだよっ!!」


びくっと肩を竦めるけれど、蘇芳がその厳しい視線を向けているのは俺ではなく森野だ。


「え、蘇芳?」
「お前もお前だ!こんな変なやつについていくなっ」
「変なやつって…。言葉が過ぎるんじゃないかな、蘇芳くん」
「黙れ」


ぽりぽりと頭を掻きながら、森野がはぁと溜息を吐く。


「はいはい。俺は聞いてないフリしてるから、2人で話し合ってろよ。あ、席は譲ってやらないから。巻き込まれたのは俺の方だからね。俺にも聞く権利はあると思うんだよね」


そう言って体の向きを変えて、俺たち2人に顔を背けた。席を譲ってやらないというその言葉の通りに、森野は梃子でも動かないぞというように居座っている。
ぎらっと森野を睨みつけている蘇芳だが、それでも言い返せないらしく仕方なく俺の隣に腰を下ろした。


「あの、蘇芳、彼女は…?」
「あんな女彼女なんかじゃねぇよ。それに俺はお前と付き合ってるん……」
「girl friendって意味の彼女じゃなくて、sheっていう代名詞の彼女の方」
「………帰ってもらった」


彼女という言葉に過度に反応する蘇芳に、思わず自嘲の笑みが漏れそうになる。空になったグラスの中に残る数個の氷をからからと転がす。 聞きたい事はたくさんある。


「なんで?もっとデートしてればよかったんじゃない?」
「夾、俺の話を聞けって」
「折角の日曜日なのに俺とじゃなくて、篠宮といる事を選んだのは蘇芳でしょ。日曜日に女とデートして、月曜日にまた俺とするわけ?……蘇芳って、よくわからないよ」
「自分で勝手に決め付ける癖、直せよ。篠宮とはデートしていたわけじゃない」
「じゃあ、なに?」


カラン、と一際大きな音を立てて氷が揺れた。隣にいる蘇芳の顔は見えないが、目の前に座る森野が顔を背けながらも耳を傾けている事がありありとわかった。
喋ろうとしない蘇芳に俺はさらに言葉を続けた。なんだか、俺の方が蘇芳を苛めているみたいだ。


「お兄さんがいるって嘘までついて、篠宮と出掛ける事のどこがデートじゃないって言うわけ?」


少しだけ蘇芳の肩が揺れたのがわかる。それから溜めていた息を吐き出すように全身の力を抜いた。


「確かに、嘘吐いて篠宮と会ってはいたが、デートってわけじゃない。これは本当だ。………お前、明日がなんの日か知ってるか?」
「はぐらかす気?」
「ンなわけあるかよ。とにかく、明日がなんの日か思い出してみろよ」


明日?明日なんてただの月曜日だ。いつも通りに起きて、大学行って、蘇芳の家にいるか俺の家で2人で過ごすだけのいつも通りの月曜日のはずだ。
部屋の壁に掛かったカレンダーを思い出してみても、赤い数字だったわけでもないし、蘇芳の字でなにかメモされていたわけでもない。
本気で考え込むように唸る俺に、蘇芳の方がぎょっとしてる。


「え、まじで?明日がなんの日かもわからないのかよ!?迂闊だった……」
「なんだよ。明日なにがあるわけ?そもそも今までの話との関係は?」


頭を抱える蘇芳に、今度は俺が驚く番だ。


――わ、忘れちゃいけない日だったのか!?なんの日だ?思い出せっ。あっ、付き合いだした記念日とか?いや、それはないな。そもそも最初がアレだったからな〜。


と、少しだけ過去にトリップしていた俺と頭を抱えたままの蘇芳に、今まで聞いているだけだった森野が顔をこちらに向けた。


「俺、明日がなんの日か知ってるぜ、東雲」
「え、まじ?教えてくれ、なんの日なんだっ!?」
「あ、おい!!」
「君の――――」


蘇芳の制止を振り切って囁かれた森野の言葉に、へ?と間抜けな声を上げた。


「へ?じゃないでしょ、へじゃ。明日は東雲の誕生日だろ?」
「……あ、あぁ―――!」
「煩いよ」


そうだった、明日誕生日じゃん。という事は……?
恐る恐る隣を見れば、渋面を作り苦虫を噛み潰したような顔をした蘇芳がいた。


「なんでお前がそんな事知ってるんだよ」
「そりゃ、綺麗な子はタイプですから。それくらいちゃんとチェック済みです」
「あァん?」


うっわ、怖っ!強面のパンチの効いたグラサンの兄ちゃんも真っ青だよ、という顔で睨みを利かせた蘇芳は、今にも森野の胸倉を掴みそうな勢いだ。
だがしかしそこは大人だ。睨みを利かせるだけに留めた蘇芳の手は、ぷるぷると震えている。手を出したらやばいという事がわかっているらしい。 今や店内にいる客は俺たち3人に注目している。いや、正しく言うと俺を除いた2人に、だ。
誰もが認める美男子の蘇芳と、優男である話しかけやすいタイプの森野。これを見ずして、なにを見るというんだ、っていう感じだ。 そして、その側に座っている俺は置物のようにしか思われていないんだろうな〜と、自分も注目を集めている1人だとは微塵も疑わない俺だ。
最初に負けを認めたのは、森野だった。両手をホールドアップし、やけにあっさりした勝負だった。


「大丈夫、東雲には付き合ってるやつがいるって薄々感づいていたから、本気でハマるような深追いはしないし、するつもりもないよ。蘇芳を敵に回すつもりはないし」
「いい心構えじゃないか」
「どうも。それより家に帰らないのか?話し合うもよし、ナニするもよし、だぜ?」
「……そうだな」


俺の隣と目の前の男がニヤリと不気味な笑みを浮かべている。


「ここは俺のおごりって事にしてやるからさ。今度奢れよ、東雲」
「俺が奢ってやろう」
「え゛!?い、いや遠慮するよ。東雲くんに奢って欲しいんだ」
「…俺を敵に回したくないと言っておきながら、いい度胸じゃないか。俺がお前と夾を2人っきりにさせるような優しい男だとでも思ったか?」


ぽきりと冗談でもなく、蘇芳が指の骨を鳴らす。
俺たち3人が回りにどんな目で映っているかなんてわからないが、これ以上注目を浴びるのはよくないだろう。特に蘇芳に変な虫がつかないとも限らないし。
ちらっと周りを見渡して蘇芳を見ながら顔を赤らめている女性客たちにむっとする。 だがその中に這うような男性客の視線を体に感じてぞくっと体を震わせた俺は、蘇芳を急かして店を出た。 森野の言葉に奢られたが、元々俺はアイスティーしか頼んでないわけで、パフェという高いものまで頼んだ森野が奢るのは必然じゃないかと首を捻る。
雨は既に止んでいて、水滴のついたビニール傘を軽く足で小突きながらここから近い蘇芳の家へと向かった。






蘇芳がマンションの部屋の鍵を開け、電気のスイッチへと手を伸ばした。途端に薄暗い室内が真昼のような明るさに変化する。 真昼のような、といってもいまだ真昼に近い時間帯なのだが、天気が天気なだけに薄暗い。
先を歩く蘇芳の後に続く形で1人暮らしにしては広いリビングルームへと足を入れる。
数日前に来た時と大して変わらない、変化のない部屋は蘇芳の性格を現しているようでもあった。
初めて自分から誘った恥かしい記憶の残るソファーを見て気まずく思い、ソファーではなくカーペットの上に座る。そんな俺に蘇芳が訝しく眉を寄せるが、なにも言わない。
1度キッチンへと消えた蘇芳が戻って来た時、その手にはビールが握られていた。


「昼から飲むのか?」
「時間なんて関係ないだろ」
「そうだけど…」


なんて不健康な…なんて思うが、ちょうどなにかで喉を潤したいとも思っていたので、差し出された缶に手を伸ばし、流し込む。独特の苦味が広がり、少し顔を顰める。
蘇芳の顔は相変わらずなにを考えているのか分からず、俺としてはなにから話していいのか分からないので、室内には沈黙が流れ出す。 しかしそれは蘇芳の言葉によって唐突に破れた。
俺の顔を見つめた蘇芳が溜息とともに言葉を吐き出す。


「ほんっとうに、明日が自分の誕生日だって事忘れてたのか?」
「う、うん」
「はぁ……俺の努力はなんだったんだよ」
「す、蘇芳?」


肩を落として本格的に落胆する蘇芳に、俺はおたおたするばかりだ。
あの日篠宮と会ってから、俺の頭はその事でいっぱいだった。 蘇芳と篠宮が…って考えると夜も寝られなかったし、大学で会っても自然と蘇芳の側にいる篠宮に少なからず嫉妬していた。 そんな中で自分の誕生日を覚えているかなんて、答えは否だ。
もし今日蘇芳が買った物が俺へのプレゼントだとして、ならば篠宮の言葉の意味は?と考えていた俺は、 もう1度蘇芳がビールを煽って口を開いていたのを危うく聞き逃す所だった。


「先に断っておくけど、俺と篠宮は付き合ってるわけじゃないんだからな」
「え…、でも篠宮が……」
「篠宮がなんだよ?」


言ってもいいのだろうかと考え込む俺を後押しするかのように、蘇芳が顎をしゃくる。


「えっと、4日前だけど、篠宮が蘇芳と付き合ってる………って、言ってた」
「まさか、そんな事信じてたわけ?」
「信じてたわけじゃないけど…」
「じゃあなんで俺を疑うんだ?」
「それは……」


そう言われると返す言葉がなく、押し黙るしかない。
本当は蘇芳の言葉通り、少し疑っていた。もしかしたら自分が考えている以上に深く蘇芳を疑っていたのかもしれない。 けれど俺たち自身、男同士っていうリスクも背負っているわけだし、元々蘇芳は女がダメってわけじゃないみたいだから、不安に思ったのは事実だ。
だから蘇芳を尾けるような真似をしたのかもしれない。


「黙ってた俺も悪いけどさ、夾こそ俺を信じてもらわなくちゃ困るだろ。俺はちゃんと夾の事しか好きじゃないし、夾以外は抱こうと思わないよ。これは誓って本当。 だから夾も俺を信じろよ、な?」
「うん、ごめん」


蘇芳の言葉にじーんと熱くなった目を手で隠しながら何度も頷く。なんだか今日は泣いてばかりだ。そんな俺を夾が優しく抱きしめた。
ぐすっと涙を引っ込めて赤くなった目で、けれどと言葉を足す。


「な、なんでわざわざ嘘までついて篠宮と買い物に行ったの?」


なんかもう体全体で蘇芳の愛を感じているような錯覚に陥って、ふいと視線を逸らす。だが気になるものはしょうがない事なので、少し怒ったように蘇芳に尋ねる。


「あー…。嘘を吐いたのは、夾にプレゼントを贈るって事を誰にもバラしたくなかったからだよ」
「それは……。俺と付き合ってるって事がバレたくないって事?」


つきん、と胸が痛む。


「違う違う、その逆。本当は人目も憚らず夾の事を自慢したいけど、そしたら俺だけの夾じゃなくなるから控えてるんだよ」
「はぁ?」
「夾は自分が思ってる程、注目を浴びてるって事が分かってないみたいだから、これ以上は言っても無駄だろ」


勝手に自己完結して締めくくる蘇芳に、なんだよと言ってやりたいのは山々なのだがなにを言っているのか、今の言葉の内容さえよく理解していない俺だから、 敢えて口を噤む。
俺が注目を浴びるとしたら、"この"蘇芳の隣に立っているからだろうという理由しか浮かばない。
注目を浴びる理由はこの際置いといて、篠宮と出かけた理由を尋ねる。


「篠宮と出掛けたのは、確かに俺の人選ミスだな」
「?」
「プレゼントになにを選んだらいいのかわからなかったから、兄がいるって事にして篠宮に数点ピックアップしてもらってその中から選ぼうと思っていたんだ。 嘘吐いたのもほとんどはそういう邪な理由だよ」


ふぅと息を吐いてもう1口ビールを煽る。
俺のために篠宮と出掛けて、俺のために嘘を吐いたって事………。
じゃあ――――?


「じゃあ、全部俺の、勘違いだったって事……?」


蘇芳をぼうっと見つめて、呟くように唇に乗せる。逆に蘇芳は俺をしっかりと見つめて力強くしっかりと頷いた。


「俺が夾に黙っていた事と、夾が俺を信じられなかった事、それに篠宮と森野が場を掻き乱したせいで、こんなにまでややこしくなったんだろうな」


しみじみと言う蘇芳の顔には、喫茶店で森野に見せていた怒りの表情はない。むしろ、どこか荷が下りた、みたいなほっとした感じの表情を浮かべていた。
今まで蘇芳にあんな表情をさせていたのが、俺の変な勘繰りのせいだったのかと思うと居た堪れなくて、俯いて小さな声で謝るしかない。


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